佐竹義重の人生を書籍で疑似体験しよう!

佐竹義重の人物データー

  • 1547年〜1612年
  • 出身は常陸国(現在の茨城県)
  • 太田城

 

佐竹義重は、鬼義重と異名をとり常陸(茨城県)の戦国大名として北条氏と関東の覇権を争い、北条家に一歩も引かずに佐竹家の全盛期を築いた武将。

 

そのような佐竹義重の人生を書籍で疑似体験してみましょう。

 

佐竹義重

 

太田城(佐竹城・舞鶴城)跡

佐竹義重歴史小説おススメ3選

佐竹義重 伊達も北条も怖れた常陸の戦国大名

 

 

「鬼佐竹」と怖れられ、伊達・北条と互角に渡り合った常陸の武将・佐竹義重。守護職の誇りをかけて、乱世を戦い抜いた男の生涯を描く。
「退け! 逃げよ。彼奴は人でなし。鬼じゃ!」――大将自ら、真っ先に敵陣の中へと踊り込み、瞬時に7人を斬り捨てる。漆黒の甲冑が一転して朱に染まるが、それにも飽き足らず、太刀が届く相手を次々と血祭りに上げていく。
「鬼佐竹」「板東太郎」と諸国から怖れられ、伊達・北条と互角に渡り合った常陸の戦国大名、佐竹義重。その鬼神のような戦場での働きは、下妻の追撃戦で北条軍2万を潰走させ、人取橋の戦いでは奥州の伊達政宗さえも討ち取る寸前にまで追い込んだ。最盛期には義重が戦場に姿を現すだけで、敵軍は戦わずして退いていくこともしばしばであったという。
清和源氏の流れを組む関東屈指の名家でありながら、常陸の半分にしか勢力が及ばない「半国守護」として、長年屈辱を味わってきた佐竹氏。だが、義重の登場によって悲願の常陸統一を果たし、絶頂期を迎える!
守護職の誇りをかけて、乱世を戦い抜いた男の生涯を描く。
文庫書き下ろし。

 

 

佐竹義重・義宣

 

 

上杉謙信と戦友の契りを結んだ佐竹義重、石田三成の危急を救った息・義宣。混迷する戦国の関東で、伊達政宗を人取橋の戦いで追い散らし、関東の雄・北条氏とも一進一退の争いを繰り返した名族・佐竹氏の荒武者父子。台頭する織田信長・豊臣秀吉ら上方の勢力に対し、坂東の覇者としていかに抗したのか。関東での勢力争いから関ヶ原まで、その苛烈な生き様を描く。

 

 

でれすけ

 

 

鬼の義重・坂東太郎と恐れられた荒武者だったが、今は子・佐竹義宣に実権を譲り、隠居した身だ。
そんななか、天下統一を成した豊臣秀吉より命が下る。
「常陸を平定せよ」五百年の歴史を持つ佐竹家の誰もがなし得なかった夢を我がなし得る。義重は年老いた身でありながら早速攻略に取りかかる。しかし、実権を握る子・義宣に報せが入り…。
父祖伝来の重み、在りし日への思い、老いへの恐怖、次世代へと委ねるもの。祖・源義光より現代まで900年続く佐竹の家名はいかにして護られたのか―。

 

 

佐竹義重の書籍を他にもいろいろと探してみましょう。

 

電子ブックとオーディオブック

佐竹義重の書籍を電子書籍でも探してみましょう。歴史小説などは多くはないですが、あればスマホやタブレッドなどで読めるし安いので便利です。

 

電子書籍で佐竹義重の書籍を探そう!

 





 

『耳で聴く本』で楽しむオーディオブックでは、本の内容が聞けるのでとっても便利です。

 



佐竹義重とは?

佐竹義重は、北条軍との戦いの中であまりにも凄まじい活躍で、北条軍は鬼義重と恐れたという武将。

 

息子の義宜も戦国武将としては律義者として有名で、徳川家康をして困ったほどの律儀者と評されるほど。

 

しかし、時代的に関ヶ原という難しい選択の中で、息子との意見も合わない部分もあって苦労しています。

 

坂東武者とも呼ばれ、その意地は捨てない生き方も参考になります。

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