加藤清正の人生を書籍で疑似体験しよう!

加藤清正の人物データー

  • 1562年〜1611年(享年50歳)
  • 出身は尾張国(名古屋市)
  • 肥後熊本城主

 

加藤清正は、豊臣秀吉の親戚であり家臣として活躍し、勇猛果敢で賤ヶ岳の戦いでは七本槍の一人として有名。傑出した武力で肥後北半国の大名となる。また築城の名手としても知られる。

 

そのような加藤清正の人生を書籍で疑似体験してみましょう。

 

加藤清正

 

加藤清正像

加藤清正歴史小説おススメ6選

加藤清正 (海音寺 潮五郎)

 

 

十五歳で木下藤吉郎(のちの秀吉)に仕えた虎之助(清正)は、股肱と頼む肉親の少い秀吉の重用に応えて、山崎、賎ケ嶽はじめ数々の合戦に名をあげ、ついに肥後の太守となった。小田原城を陥した秀吉を出迎えて、清正はともに故郷中村に錦を飾る。翌天正19年、太閤となった秀吉は朝鮮出兵を決意し、清正と小西行長に先鋒を命じた

 

 

加藤清正 太閤の夢に殉ず (佐竹 申伍)

 

 

勇猛果敢にして慈悲の心のあふれ、今日なお語り伝えられる多くの逸話を残した異色の戦国大名・加藤清正。戦乱の世には剛毅なる武将として名を馳せ、天下治まってからは、築城・治世の名人としてその才能を讃えられた名君。波乱に富んだ全生涯を壮大なスケールで描き、併せて秀吉による朝鮮出兵の知られざる側面を明らかにする。

 

 

加藤清正 (村上 元三)

 

 

尾張国愛智郡中村の鍛冶屋の子に生まれた夜叉若。喧嘩が強いだけではなく、才知に溢れ、井戸に落ちた少女を、あわてふためく大人たちを尻目に単身で助け出す。やがて母の遠縁に当る近江長浜の領主木下藤吉郎秀吉のもとに赴き家臣の一人に加えられる。そこには利かん気の少年福島市松がいた…。名将清正の少年時代と母と子の交流を描く。

 

 

黒南風の海 (伊東 潤)

 

 

息をもつかせぬ展開、そして、怒濤のクライマックス。新進気鋭の歴史作家が、「文禄・慶長の役」を真正面から描いた渾身の長編小説。

 

 

知謀の虎――猛将加藤清正 (豊田有恒)

 

 

「天下の英雄」か「侵略の鬼」か…秀吉の朝鮮出兵で名を上げた猛将・加藤清正は、日韓でまったく正反対の評価を下され、様々な伝説に彩られている。ところが、その素顔は合理主義で理財家、しかも世渡り上手。猛将とはおよそかけ離れたものだった。日・中・韓の資料を駆使し、清正伝説の虚実を抉る歴史大作!

 

 

加藤清正 虎の夢見し (津本 陽)

 

 

幼くして父を亡くした虎之助(加藤清正)は縁者である羽柴秀吉に小姓として取り立てられるや、大男ならではの腕力と冷静な判断力で立身の道を突き進む。だが、時は戦国動乱期。想像を絶する試練が彼を待ち構えていた。本能寺の変、朝鮮出兵、関ヶ原の戦い…報恩を胸に、戦乱の世を駆け抜けた男の人生と謎めいた末期に、新たな光を当てる歴史巨編。

 

 

加藤清正の書籍を他にもいろいろと探してみましょう。

 

電子ブックとオーディオブック

加藤清正の書籍を電子書籍でも探してみましょう。歴史小説などは多くはないですが、あればスマホやタブレッドなどで読めるし安いので便利です。

 

電子書籍で加藤清正の書籍を探そう!

 





 

『耳で聴く本』で楽しむオーディオブックでは、本の内容が聞けるのでとっても便利です。

 



加藤清正のマンガと参考書籍

加藤清正とは?

加藤清正は秀吉の遠い親戚であったことから秀吉に仕えた。

 

数々の武功を上げているが、その中でも賤ヶ岳の戦いでは活躍し、七本槍の一人として称えられている。

 

佐々成政の失脚後に肥後の半分を与えられて大名となるが、残りの半分はライバルとなる小西行長に与えられている。

 

朝鮮征伐では最前線で戦い武功を上げていくが、独占先行が目立って石田三成と対立をしてしまう。

 

この時のしこりが後々の遺恨を残すことになったという。

 

この時の石田三成との遺恨で、豊臣家を思いながらも関ヶ原では家康の東軍になったのだろう。

 

関ヶ原の戦い以後は肥後一国の大名になるが、結果的に豊臣家滅亡をさせてしまった。

 

槍一本の武将ではなく、築城や行政にも才能を発揮し、更に人柄で人望もあった武将である。

スポンサードリンク