大内義隆の人生を書籍で疑似体験しよう!

大内義隆の人物データ

  • 1507年から1551年(享年44歳)
  • 出身国は周防国(現在の山口市)

 

大内義隆は、山口を西の京といわれるくらい繁栄をさせた武将で、その意味では功績は大きい。ただ、人生の前半は領地を伸長させていく非凡さをみせますが、後半は戦に対する意欲を失って無気力になって公家化してしまいます。

 

そんな波乱に満ちた大内義隆の人生を書籍から疑似体験してみましょう。

 

大内氏館

 

大内氏館

大内義隆歴史小説おススメ3選

失楽園の武者

 

 

室町期に西日本きっての勢力を誇った守護大名・大内氏の31代当主・義隆は、とりわけ貴族趣味が強く、武力強化よりも京都文化の摂取に熱中する。山口を京都の街並みに模し、自ら公卿を真似、文化人を招いては宴を催した。その結果、家臣間に亀裂を生み、やがては救いがたい破滅への道をたどることになるが……。大名よりも公卿になりたがった大内氏の、栄光と失墜を鮮烈に活写する、歴史長編。大内義隆の哀しく数奇な生涯、哀切のロマン!

 

 

大内義隆 類葉武徳の家を称し、大名の器に載る

 

 

大内義隆(一五〇七~一五五一)戦国大名。石見銀山の経営や、遣明船貿易を行い、周防山口を西の京と呼ばれるほど繁栄させた義隆。朝廷との交流を深め一族で高い官位を授与された事実や、文治派のイメージを払拭するほどの数々の武功にも焦点を当て、その生涯に迫る。

 

 

大内義隆 名将が花開かせた山口文化

 

 

御器量無双の御人躰、世に隠れなく候(「言延覚書」)。長きにわたる出雲尼子氏との戦いや、陶晴賢の謀反による壮絶な最期など、明快な文章で激動の生涯を辿る。山口に大内文化を花開かせた名将の一代記。

 

 

大内義隆の書籍を他にもいろいろと探してみましょう。

 

電子ブックとオーディオブック

大内義隆の書籍を電子書籍でも探してみましょう。歴史小説などは多くはないですが、あればスマホやタブレッドなどで読めるし安いので便利です。

 

電子書籍で大内義隆の書籍を探そう!

 





 

『耳で聴く本』で楽しむオーディオブックでは、本の内容が聞けるのでとっても便利です。

 



大内義隆とは?

大内義隆は生まれながらにして中国7カ国の守護という恵まれた環境に生まれます。

 

名門でもありますし豊でもあったので教養に秀でた戦国武将であります。

 

政権の初期は軍事や外交でも有能ぶりを発揮して、一時期は九州北部も領国とするなど、大内家の最盛期を築きます。

 

宣教師のフランシスコザビエルは山口に滞在していますが、山口は西の京と言われるくらい栄えていたので、大内義隆とのことを有力な王としてバチカンに報告しています。

 

ただ後半の人生としては、月山富田城の尼子氏を攻めた時に、豪族や家臣に裏切られて謀反が相次いでしまいます。

 

そのため負け戦となっただけではなく、養嗣子の義房が戦死してしまいます。

 

この失意のためか、大内義隆は戦に対する興味を失い文芸へと逃避をしてしまいます。

 

最後は家臣の筆頭格である陶晴賢によって攻められて、自刃をすることになります。

 

大内家は、大内義隆の甥にあたる大友宗麟の弟の義長に引き継がれて、毛利に攻められるまでは山口が平穏で文化の栄えておりました。

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