山中鹿之助の人生を書籍で疑似体験しよう!

山中鹿之助の人物データー

  • 1545年〜1578年
  • 出身は出雲国(現在の島根県安来市)

 

山中鹿之助は、尼子十勇士の筆頭で山陰の麒麟と呼ばれ、一度は滅びた主家を再興するべく忠義に徹した武将。その忠義がゆえに決して毛利家には降らないという堅い意志をのために暗殺されます。

 

主家再興のために生きた義の武将の生き様を読んでみましょう。

 

山中鹿之助

 

山中鹿之助像

山中鹿之助の書籍おススメ4選

英雄にっぽん 小説 山中鹿之介

 

 

戦国の世、群雄が割拠し、天下に覇を競う下克上の世に、数ある英雄豪傑の中でもひときわ異彩を放つ美丈夫・山中鹿之介。主家・尼子家が毛利の攻撃に敗れ去った後も、一途に主家復興を計って苦心惨憺を重ねる。その、清廉を謳われ、忠義の士とたたえられた悲運の武将の実像を描く。

 

 

山中鹿介―願わくは、我に七難八苦を与え給え そのひたむきな生きざま

 

 

美しき孤高の戦国武将、山中鹿介の実像にせまる。

 

 

名将 山中鹿之助

 

 

最盛期に山陰・山陽十一カ国を支配した出雲の戦国大名・尼子氏は、急成長する毛利元就の圧迫を受け、月山富田城が落城して滅んだ。逃れた遺臣たちは、山中鹿之助を中心に主家再興を誓う。天下布武の野望をいだく織田信長に接近を図った鹿之助は、羽柴秀吉の支援を得ることに成功する。ついに秀吉を総大将とする毛利討伐の先鋒として西播磨の上月城に入城、遠征軍の最前線を担うが…。

 

 

山中鹿介 (童門 冬二)

 

 

「月よ、われに七難八苦を与えたまえ」悲願である「尼子家再興」を志す勇将山中鹿介は、あらゆる苦難に屈しないことを月に向かって誓う。毛利の大軍に囲まれた上月城でひたすらに信長からの援軍を待つ鹿介に届いたのは苛烈な悲報であった…。絶望の中でさえなお一途に一筋の光明を求めた人間たちの不屈の闘志と美しい心情を描いた傑作長編小説。

 

 

山中鹿之助の書籍を他にもいろいろと探してみましょう。

 

電子ブックとオーディオブック

山中鹿之助の書籍を電子書籍でも探してみましょう。歴史小説などは多くはないですが、あればスマホやタブレッドなどで読めるし安いので便利です。

 

電子書籍で山中鹿之助の書籍を探そう!

 





 

『耳で聴く本』で楽しむオーディオブックでは、本の内容が聞けるのでとっても便利です。

 



山中鹿之助とは?

本当は山中幸盛ですが、山中鹿之助や鹿介で知られています。

 

下克上や親や兄弟でも裏切る時代に、まさに忠義の士として人気がとてもある武将です。

 

尼子三傑の一人として『山陰の麒麟児』の異名を持ち、尼子家再興をかけて有名なエピソードとして、『願わくば、我に七難八苦を与えたまえ』と三日月に願った逸話は有名です。

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