島津義弘の人生を書籍で疑似体験しよう!

島津義弘の人物データー

  • 1535年〜1619年(享年84歳)
  • 出身は薩摩国(現在の鹿児島県)
  • 鹿児島城主

 

島津義弘は、戦国時代でも屈指の猛将で鬼島津の異名で知られる。生涯で52回も合戦に出陣し、数々の武功に彩られた軍神。特に関ヶ原の戦いでは、驚異の敵中突破を成功させた。

 

そのような島津義弘の人生を書籍で疑似体験してみましょう。

 

島津義弘

島津義弘歴史小説おススメ5選

島津奔る (池宮 彰一郎)

 

 

島津義弘の相手の作戦を読み取って、大胆な攻撃で討ち破る戦略家としての頭脳は魅力がある。この小説ではそれぞれの人物を思い切った人物設定で、武将の内面に迫っていく。

 

 

島津義弘伝

 

 

規格外の戦略と勇猛果敢な薩摩魂で戦国最強と謳われた島津四兄弟。その中でも次男・義弘は、ひときわ光彩を放つ武力をもっていた。しかし九州制覇を目前に控えた四兄弟の前に立ちはだかった天下人・豊臣秀吉の大軍に抗しきれず、島津家は豊臣の軍門に降った。その後、明国征服を目論んだ秀吉の命により朝鮮、明国侵攻が目前に迫る。生きて薩摩の地へ帰れるかさえわからない。しかしそれでも行かねばならない、島津家存続のために。そして朝鮮へと出兵した義弘は、明軍との壮絶な死闘を繰り広げることになる―。

 

 

闘将 島津義弘 (野中信二)

 

 

「たとえ最後の一兵となっても、われらは義弘様を薩摩へ連れ帰ります。義弘様あっての島津家です。ここで殿を殺させるようなことがあれば島津は滅んでしまいます…」群雄ひしめく九州統一戦線(伊東家、大友家、龍造寺家との戦い)から、秀吉への抗戦、文禄・慶長の役、運命の関ヶ原敵中突破。戦国で無類の強さを示し、家臣に心底慕われていた戦国最強の男の激戦譜を描く。

 

 

島津の陣風 義久の深謀、義弘の胆力 (片山洋一)

 

 

島津はいかにして関ケ原を脱し、薩摩に帰還できたのか?西軍として唯一本領安堵を勝ち得た真相に迫る!最新史料を駆使して戦国最強軍団を描き切った新機軸の長編時代小説。

 

 

島津義弘 (徳永真一郎)

 

 

戦国薩摩。鎌倉期より続く島津家に生まれた島津義弘は、初陣・岩剣城の戦いを皮切りに、兄・義久、弟・歳久、家久と共に、伊東氏、大友氏、龍造寺氏と激闘し九州を席巻する。関ヶ原の戦いでは、「ちぇすとー、行け」の大号令のもと、「島津の退口」と賞される敵中突破を勇猛果敢にやり遂げ武人の矜持を示すなど、ただひたすらに「薩摩魂」を体現した戦国最強の闘将の生涯を描いた傑作長編小説。

 

 

島津義弘の書籍を他にもいろいろと探してみましょう。

 

電子ブックとオーディオブック

島津義弘の書籍を電子書籍でも探してみましょう。歴史小説などは多くはないですが、あればスマホやタブレッドなどで読めるし安いので便利です。

 

電子書籍で島津義弘の書籍を探そう!

 





 

『耳で聴く本』で楽しむオーディオブックでは、本の内容が聞けるのでとっても便利です。

 



島津義弘のマンガと参考書籍

島津義弘とは?

島津義弘は、朝鮮出兵や関ヶ原の合戦で武名を轟かせた武将で、南の軍神といわれるくらい最強の武将。

 

島津家の九州平定においては、九州全土を転戦し、そして快勝を重ねた勝ち続けた武将ともいえる。

 

関ヶ原では、敗者側の西軍に属し西軍が壊滅していく中で、島津軍だけが一気呵成に敵中突破した『島津の退き口』はあまりに有名。

 

武勇だけではなく、西軍に属しながらも粘り強い交渉で領土を守り抜いた手腕も見事。

 

兄の義久から、『島津の繁栄は義弘一人の努力にある!』とまで言われるくらい。

 

強い島津をどんな風に作ったのか?とても興味深い武将でしょう。

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