細川忠興の人生を書籍で疑似体験しよう!

細川忠興の人物データー

  • 1563年〜1646年
  • 出身は山城国(現在の京都府)
  • 豊前小倉城主

 

細川忠興は、文武両道に秀でた戦国ジュニア世代のエース格の武将でしょう。戦では数々の功績を上げ、信長、秀吉、家康と3人に仕えて肥後熊本藩54万石のいしずえを築いた男の生涯。

 

関ヶ原の戦いでは苦渋の選択をした、細川忠興の歴史小説を読んでみよう。

 

細川忠興

細川忠興とガラシャ像

細川忠興関連の歴史小説おススメ3選

細川忠興 ギリギリの決断を重ねた戦国武将

 

 

戦国きっての文化人大名・細川幽斎の長男であり、信長、秀吉、家康に仕えて肥後熊本藩54万石のいしずえを築いた細川忠興。しかしその生涯は、けっして平坦な歩みではなかった。妻・玉子(細川ガラシャ)を愛しながらも幽閉した本能寺の変、妻と二人の息子を失うことになった関ヶ原の合戦など、苦渋の決断を繰り返しつつ人生における危機を乗り越えた男の戦いを描く力作。

 

 

江戸城の宮廷政治 熊本藩細川忠興・忠利父子の往復書状

 

 

幕藩体制が整う寛永時代までは、江戸城大広間は、大名みずからが命運をかけてたたかう戦場でもあった。現代日本の政治風土をつくった江戸時代初期の権力抗争を、熊本藩の細川忠興・忠利父子の残した膨大な往復書簡から解読する、歴史ノンフィクション。『江戸お留守居役の日記』の気鋭の歴史学者が放つ傑作。室町時代から現代まで、細川家繁栄の謎にせまる!

 

 

三浦綾子 電子全集 細川ガラシャ夫人

 

 

明智光秀の娘として何不自由なく育てられた玉子は、16になった時、織田信長の命令で細川忠興のもとに嫁ぐこととなった。女性が男性の所有物でしかなく、政略の道具として使われた時代に、玉子は真の人間らしい生き方を求めて行く…。実の親子も殺し合う戦国の世にあって、愛と信仰に殉じた細川ガラシャ夫人。その清らかにして熾烈な悲劇の生涯を浮き彫りにした著者初の歴史小説。

 

 

細川忠興の書籍を他にもいろいろと探してみましょう。

 

電子ブックとオーディオブック

細川忠興の書籍を電子書籍でも探してみましょう。歴史小説などは多くはないですが、あればスマホやタブレッドなどで読めるし安いので便利です。

 

電子書籍で細川忠興の書籍を探そう!

 





 

『耳で聴く本』で楽しむオーディオブックでは、本の内容が聞けるのでとっても便利です。

 



細川忠興とは?

細川忠興は、織田信長の家臣として仕えて、豊臣秀吉の時代には小牧・長久手の戦いや九州征伐、小田原征伐、文禄・慶長の役などにも出兵して、多くの戦功をあげています。

 

そんな活躍もあって、秀吉から『羽柴』の姓を与えられます。この時代に名前を与えられるのは相当に気に入られていた証で名誉なことでもあります。

 

そして武将としてだけではなく文化人としても教養が高く、茶の湯ではあの有名な千利休の高弟で利休七哲の一人として知られています。

 

ただ、妻を愛しすぎたのか嫉妬心が強く、家臣でさえも奥向に近づくことを禁じていたといいます。

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