鍋島直茂の人生を書籍で疑似体験しよう!

鍋島直茂の人物データー

  • 1838年〜1618年(享年80歳)
  • 出身は備前国
  • 佐賀城主

 

鍋島直茂は、龍造寺隆信の家老ながら肥前佐賀藩の藩祖となった武将。智勇兼備の名将で九州征伐や関原の戦いなどで中央とのかかわりを巧みに乗り切った。

 

そのような鍋島直茂の人生を書籍で体験してみましょう。

 

鍋島直茂

 

鍋島直茂像

鍋島直茂歴史小説おススメ3選

鍋島直茂 「葉隠」の名将

 

 

竜造寺家から鍋島家への佐賀藩主交代は、“お家乗っ取り”か“禅譲”か?「葉隠」の名将・鍋島直茂と主君・竜造寺隆信との蜜月関係は、直茂を頼りにした竜造寺側の意向が強く、また直茂も期待に応える働きで、家臣団中での発言権も強まった。とはいえ、分家も多数存在する竜造寺家から、何故一家臣の鍋島家へ家督相続が許されたのか?秀吉、家康ら中央政権の九州支配への思惑も絡まった、佐賀大名交代の舞台裏に迫る。

 

 

武士道 鍋島直茂

 

 

九州・肥前に本拠を置き、豊後の大友氏・薩摩の島津氏と覇権を争う戦国大名・龍造寺氏。その重臣として、主君・隆信に近侍した鍋島信生(後の直茂)は、戦場では忠孝にして勇猛、抜群の知略で版図の拡大に貢献する。やがて、隆信は肥前を統一、さらに国外に手をのばし、“五州二島の太守”と称するに至るが―。戦国期から徳川の世にかけて、幾多の苦難を戦い抜いた、「葉隠」武士道の原点にして佐賀藩藩祖・鍋島直茂の大いなる生涯!

 

 

鍋島直茂 (岩松要輔)

 

 

佐賀の老虎、肥前を制す!「龍造寺の仁王門」と呼ばれ、龍造寺隆信の重臣として各地を転戦した青年期。やがて主家に代わって戦国大名としてのし上がり、秀吉にも才を評価された大立者の生涯!武勲・生涯・人となり、鍋島直茂の実像に迫る。

 

 

鍋島直茂の書籍を他にもいろいろと探してみましょう。

 

電子ブックとオーディオブック

鍋島直茂の書籍を電子書籍でも探してみましょう。歴史小説などは多くはないですが、あればスマホやタブレッドなどで読めるし安いので便利です。

 

電子書籍で鍋島直茂の書籍を探そう!

 





 

『耳で聴く本』で楽しむオーディオブックでは、本の内容が聞けるのでとっても便利です。

 



鍋島直茂とは?

鍋島直茂は、肥前の熊と呼ばれた龍造寺隆信の家老でしたが、肥前佐賀藩の藩祖にまで昇りつめた武将。

 

龍造寺隆信からの信頼は絶大で、直茂はその信頼に応えていき、特に大友氏の肥前進行を阻んだ今山の戦いは有名。

 

1584年の沖田畷の戦いでは島津氏に大敗して、隆信は死亡してしまいますが、直茂は生き残って龍造寺家の再興に尽力します。

スポンサードリンク